2013年12月21日

アイルランド政府は外国人旅行者の肖像権を尊重せよ



2008年より2012年まで、5年間にわたってつくばセントパトリックス・フェスを主宰した私、中島迂生が、この活動に取り組むそもそものきっかけとなったできごとについて語りたいと思います。
公の場でこうした問題を取り上げることで批判を受けるかもしれませんが、あえて語ります。

国際的に認められてきたように、肖像権というものは基本的に、その人本人にのみ属します。
写真撮影をするさいには、その人本人の了解を得るのが当然のことです。
公的機関が、何ら犯罪歴等のない市民の個人情報を得ることを目的として撮影する場合にはなおさらです。

私がはじめて、またこれまで唯一アイルランドへ渡ったとき、私はアイルランド入管オフィスにて、事前に何の説明も、私の了解もなしにいきなり写真を撮影されました。
この件について、アイルランド政府に対し、外務省を通じて再三抗議するも、いまだに正式な謝罪を受けていません。


私がはじめて、またこれまで唯一アイルランドへ渡ったのは、2004年7月13日、英国ホリヘッド発、ダブリン港着フェリーにてでした。
パスポート等書類に不備はなく、所持金も十分にありました。
しかるに、アイルランド入管オフィスにて、いきなり別室へ連れて行かれ、係官の前に座らされて、質問に答えながらふと顔を上げると、係官が見ているモニタに、知らないうちに撮影された自分の写真が映っていたのです。

"shocked and appalled" とはこのことです。
一瞬何が起きたか分からず、パニックに陥りました。
勝手に写真を撮られている! これは何なのだ、私は犯罪者なのか?

たしかに係官が、渡航者の写真を撮りたいと思う場合もあるでしょう。
しかし、その場合、まず写真撮影する旨、本人に説明するのが当然のことです。
そして、写真撮影を許諾するか、拒否するかの選択権を与えるべきであり、また拒否した場合にどうなるかを説明すべきです。

こうした一切のプロセスなしに無断撮影が行なわれた以上、その事実が明らかにされ、当該係官に対してしかるべき処分がなされるべきです。
そして、入管当局はその写真データを破棄し、私に対しきちんと謝罪すべきです。
それは当然のことです。

あのときのショックと屈辱感は一生忘れないでしょう。
あのとき、私ひとりだったらその場で抗議していたと思います。
あるいは入国を拒否し、次のフェリーでウェールズへ帰ってしまったかもしれません。

でも、そのとき私には同行者がいて、私とは別にやはり別室に連れて行かれ、私と同じ扱いを受けていました。
自分のせいで同行者にまで迷惑をかけることを怖れ、その場では抗議できませんでした。
けれども泣き寝入りしないことを心に誓い、私の写真を無断撮影した係官の顔を忘れないようしっかり覚えこみました。

2004年のアイルランド。
たしかに得たもの、というか、託されたものは大きかった。
それについての私の仕事の多くはウェブ上にも掲載しています。

一方で、歪んだ開発と経済成長の負の遺産も目の当たりにしました。
あの頃のアイルランドはちょうど日本のバブル時代のようで、誰も彼もがお金のことばかり考えていました。
人々の心のありようはこの国の景観にも現れていて、石造りの古い家々が朽ち果てるに任される一方で、至るところでけばけばしい、薄っぺらな新興住宅が調和を損なっています。

驚いたのは、中国人労働者の多さでした。
街を歩くと、子供たちが私を中国人だと思ってニイハオ!とはやしたててきました。
この国の歴史を学び、差別的な発言を決してすまいと心してきてみたら、差別されるのは自分の側だった、というのは悲しむべきことでもあり、滑稽なことでもありました。
あのときの係官の態度も分かるような気がしました。

帰国後、この問題を相談できるところをいろいろ探しました。
その結果、外務省を通じて抗議文書を提出できることが分かりました。

2005年11月、さいしょの抗議文書を提出。
「事前の説明も、私の了解もなしに写真を撮影された」ことに対し抗議する内容でした。
それが日本の外務省と在アイルランド日本大使館を通してアイルランドの入管に送られました。

後日、なかなか回答が来ないため、在アイルランド日本大使館に直接連絡して、入管へ申し入れをしていただきました。

2006年3月、アイルランド入管より回答。原文は「外交文書だから」という理由で見せてもらえず、大使館か外務省で訳された日本語文のものだけが送られてきました。

それによると、写真の無断撮影の件に関しては、
「2004年入国管理法第9条に基づき、写真を提示しない外国人に対してはすべて写真撮影が行なわれる。」(原文ママ)

とのことでした。
そして、私の側が問題とした「事前の説明」や「本人の了解」については何も触れない一方、それが隠しカメラによるものなどではなく、堂々と行なわれたことを強調していました。

結論として、我々が受けたのは「通常通りの取り扱い」で、「何ら異例若しくは不当な取り扱いを受けた事実はない」(原文ママ)とのことでした。

ところで、私があのとき携行したパスポートにはアイルランド入管のスタンプが押されています。これはとりもなおさず、私がたしかにパスポートの自分の写真を提示したことを証するものです。

ということは、この文面からするに、入管自ら

1、私に対し無断撮影を行なったこと
2、私が自分の写真を提示したにもかかわらずさらに写真撮影したこと、つまり、「2004年入国管理法第9条」を外れた不適切行為があったこと

を認めていることになります。

これを「通常通りの取り扱い」ということはできないはずです。

2006年12月、外務省を通じ、再度の抗議文書を提出。

2007年7月、アイルランド入管より回答。原文は「外交文書だから」というので今度も見せてもらえず、大使館か外務省で訳された日本語文のものだけが送られてきました。

この問題についてはすでに「警察本部において全面的に調査を行った。」
そして、「再度調査を行ったが新たなものは何も出てこなかった。」(いずれも原文ママ)ということでした。

外務省からは同時に、大使館保有弁護士リスト等と、「相談可能とされる公的機関」ということで Office of the ombudsman の連絡先が送られてきました。

「彼ら、認めないようですから、あとは訴訟を起こすしかないかもしれませんよ」と言われました。
外務省のその見解に私は納得できませんでした。というか、現実的でないように思われました。

先方の非がこのように明らかであるにも関わらず、このうえどうして私の側が時間とエネルギー、またお金をかけて訴訟を起こさねばならないのか。

さらに言えば、アイルランドの司法と法律のもとで、アイルランド当局を相手に、一介のしかも外国人である私が争って勝ち目があるでしょうか。

自国の法律を外れて旅行者の写真を無断撮影し、抗議も黙殺するような国です。
そのような国の法廷を信頼できるでしょうか。

アイルランド入管とのやりとりのすべてを通じ、どうもピントが外れているように感じ、理解しがたかったのは、彼らがそもそも肖像権という概念をもっていないように感じられた点です。
実質的に、「はい、たしかに無断撮影しましたが、それが何か?」と言っているのです。
私はそこに絶望的な対話の不可能性を、「どうしても話が通じない」という思いを感じました。

2007年12月、外務省から紹介された Office of the ombudsman へ相談。

2008年1月、Office of the ombudsman より、この件は彼らではなく、Irish Naturalisation & Immigration Service へ相談するようにとの回答。

同1月、Irish Naturalisation & Immigration Service へ相談。

回答なし。


私はそこで考えました。聖書にあるように-
「悪に対して悪を返してはなりません。善をもって、悪を征服してゆきなさい」

訴訟を起こして、その結果たとえ私の損なわれた尊厳を回復することができたとしても、それはそれだけのことです。
マイナスからゼロにもっていくだけのこと。
いえ、それでもアイルランド政府に対するネガティヴな感情は残るでしょう。
完全なゼロにはならないでしょう。
そんなことのために、多大な時間とエネルギーをかけるだけの価値があるとは思われなかった。

それよりもプラスの側で何がしかを生み出してゆきたい。
何がしか積極的な価値のあるものを。
そうした中でこそ、この問題が解決される道が開けてゆくこともあるだろう。

2008年、考えたすえ、私は訴訟を起こす代わりに、この問題をいったん封印して、その代わりに地元つくば市にてこのセントパトリックス・フェスの企画を始めました。

この活動は在日アイルランド大使館や、アイルランド政府観光庁、地域活性化を推進する地元団体、企業などとのつながりを得て、2012年までつづき、つくば市におけるアイルランドの認知度を高めることに貢献してきました。

意義ある活動だったと思いますが、今となっては思い出すのも耐えがたいほど大変な仕事でした。さいごの頃には、ほんとうに、疲れきったとしか言いようがない状態でした。
また、この活動を通じて、2004年のアイルランド入管における無断撮影の問題に関し、私の損なわれた尊厳が回復されるということにもなりませんでした。

この問題については、アイルランドを愛しその宣伝に力を尽くしてきた人間として、一国の恥を曝したくない、という思いもあって今まで公開せずにきました。
あのような被害を受けてしまった自分を恥ずかしいと思う気持ちもありました。
何かと惜しみなく協力してくださってきたアイルランド人やほかの友人たちに、いやな思いをさせたくないという気持ちもありました。

しかし、こうむった不正をいつまでも黙っているのはそれを容認するに等しいゆえ、道徳的に間違っていると私は考えます。不正は不正として真摯な反省を促さなくてはいけない、と考えます。

この問題について色々調べるなかで、世界中の色々な国の入管でこれまでに起こってきた、はるかにひどい人権侵害の例をたくさん知ってきました。
それでもなお、不正に大小をつけて相対化してはならないと信じます。

なされた不正に対しては、泣き寝入りせずに市民レベルできちんと声を上げてゆくべきです。それが文明国の個人としてのつとめであると信じます。
こうした思いからここに書きました。

自国の法律を外れて旅行者の写真を無断撮影し、抗議も黙殺するような国には行かれません。
ですから私はあれから現在に至るまで一度もアイルランドへ行っておりません。

イェイツでさえ自国に絶望し、ドラムクリフの森を夢に見ながらも、パリへ移り住んで死ぬまで戻ることはなかった。
私のこの告発も、アイルランドへの愛を裏切るものではないと信じます。

私は自分の受けた被害について、アイルランド政府に伝える努力をすでにいたしました。
問題提起のため、市民の肖像権についての国際的な認識促進のために、アイルランド政府より正式な謝罪があるまで、この記事をここに公開することといたします。
そしてここに公開することで、私はこの問題に区切りをつけ、前へ進んでいこうと思います。





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Posted by う at 22:06